前回までのお話は、判例を見たかったら「判例時報」とか「判例タイムズ」とか、いろいろあるのでそれを見てちょうだいなと、裁判所が下した判決が全部載ってるわけじゃないけれどもねと、まあそういうことですね。一言で言えることをずいぶんとだらだらとやってますなあ、かかか。
まず、裁判所が下した判決が全部掲載されてないという点について。
日本は国会で法律を作って、その条文を基に国民は行動しましょうという建前の、つまり成文法の国なわけで、必要な決まりはみんなあらかじめ法律にしておきますからということになってるんですが、とはいうものの、そんな何でもかんでも法律なんて作ってられないわけで、個別の紛争では「法律がないよー(泣)」ということはしばしばです。そんなとき裁判官は仕方がないから法律の行間を読んで判決を書くことになり、まあ裁判官の胸三寸というわけですが、だからってあてずっぽうにやってるわけじゃないんで、脂汗をかきながら真剣に行間を読むわけですな。そうまでして裁判官が法律の行間を読んだ上での判決なら、一度の裁判で使い捨てにするのはもったいない。そのエッセンスは後々似たような事件が起きたときには参考にさせていただきましょうというのが、つまり判例です。え?乱暴すぎですか?いいんです、今年は暴れん坊になってサンバを踊ると紅白見て決意しましたんで。さて、裁判官の苦労を参考にさせていただこうにも、いつどこでどんな判例があったのかわからないといけませんね。しかし、全国で一年間に下される判決は何万件やら、それはもうとってもたくさんです。判決にならなくても、裁判官が弁論準備室とかで当事者に「あんたの言い分じゃ、まけちゃいますから、残念!」とかいうので、あわてて和解したような事件だってたくさんあるわけで、そこで裁判官がなんでそう思ったのか、それも知りたいですよね、訴訟の当事者としては。しかしまあ、そんな内容が判タ判時に載っているかというと、ほとんど全滅。載っているのは主要なものばかりです。年間3000件くらいしか公開されないのではないでしょうか。あんまり公開されてない割には、裁判官は判例にこだわります。この論点についてはかくかくしかじかの判例があるので、それで決まり、というわけですね。成文法の国なのに、あまり判例に拘束されるのはどうかとも思います。
伊藤眞先生も『法律学への誘い』「本書を利用される方々へ」で「練達した裁判官の経験を持つ同僚裁判官から、判例がないとすれば伊藤の意見に賛成であるが、判例が存在する以上それに従うべきであって伊藤の意見に同調できないと主張されたことが一再ならずもあったことを思い出す」との伊藤正己先生のお言葉を引用されてます。(伊藤眞『法律学への誘い』有斐閣、どっちも伊藤でわかりにくいですが、どっちもマコツじゃないですよ、念のため。この本最近補訂版が出ましたから、皆さん買いましょうね。特にこれからロースクールはいる人。)話はそれましたが、そんなに裁判官が判例にこだわるというなら、判例はみんな見られるようにしておいてほしいもの。しかし、公的判例集と判タ判時に載ってるものしかないんですね。これでいいんでしょうかね。ただし裁判官も状況は似たようなもので、結局は公的判例集、判タ判時その他あれこれくらいしか見るものがないので、裁判官がどんな判例を参考にできるのか、という点では、訴訟当事者と大して変わりがないと思われます。
しかしまあ、これでいいんでしょうか判例の公開。判例も「法源」の一つだといろいろな法律の本にかいてありますが、肝心のその判例を調べることができないとすると、そんなもの法源にされても、「聞いてないよ」状態になりかねませんね。誰でも閲覧できる公的判例集と民間判例雑誌に載ってる判決だけが判例だっていいうなら、まあ論理的整合性はありますが、民間雑誌なんて民間人が適当につくってるわけで(この場合の「適当」とは、「条理に適い当を得た作業を以て」という意味ですよ、念のため)、そこに載った判決は判例となり、載らなかった判決は忘却の彼方ってあなた、ひどくないですか。
ひどいかどうかは別として、そうなんだからあきらめるほかありません。なんせ裁判官だって事情はあまり変わらないわけですから、裁判官が「不意打ち」で当事者の知りえないマイナーな判例を持ち出してくる危険はそれほど高くないわけですからね。
そんな状況について最高裁も問題意識をもったのか、最近では最高裁のホームページに、「最近の判決」というコーナーがあって、そこで結構たくさんの判決をみることができます。それでも数は多くなくて、見ることができる判決は主要なものばかり。ん?、ということは既存の判例雑誌に掲載される判決と、だいぶ重複しているということですね。そしたら民間法律雑誌を読まなくてよくなるでしょうか。なんとなく民業圧迫。いま民間雑誌に潰れられたら、国民がこまってしまう、という心配もあります。でもたぶん大丈夫、このあたりの話はまた別のエントリーにて。
一時期こんな噂がありました。「裁判所には秘密の巨大判例データベースがあって、限られた裁判官だけがそれを検索することができるらしい」。なんかエリア51 (UFOを保管して宇宙人を接待している米空軍基地、もしくはイチローのライト守備範囲)とかマジェスティック12(世界の政治経済宗教を自由に操作できる12人の超特権委員会)みたいな話ですね。でもこの話、あながちデマではないでしょう。この噂を耳にした時期から考えて、現在公開されている最高裁判所ホームページの判例情報、これがロータスノーツドミノというちょっと時代遅れのデータベースソフトで管理されているところからみると、試験段階で非公開だったころに噂として漏れてきたと思われます。いまはまたもっとすごいデータベースが裁判所内部では動いているかもしれないですね。最高裁での担当部署も組織改変があり、情報政策課という専門部署ができて、コンピューターに強い裁判官が就任したようです、楽しみですね。
とにかく、最高裁のホームページで公開されている判決文としても、ごく一部のものだけ、そして昔のものはほとんどデータがありません。裁判官だって結局公的・私的判例誌を漁って参考にすべき判例があるかどうかを調べるしかないのですね。そこで判例や法律記事の「索引誌」というのが登場するわけです。「法律関係雑誌記事索引」とか「邦文法律雑誌記事索引」とかいう名前の書籍です。ここらあたりは、いしかわまりこさんのサイトを見るか、「リーガル・リサーチ」といういい本があるので、そちらをみてくだいね。この本もロースクール入学予定者必読、かならず入学前に読んでおきましょうね。ところでこれらの索引誌は、年々紙で発行されるので、調べるのが大変。そこでなんとかコンピュータを使って検索できないかなあと、誰しも考えるわけで、あーようやく「判例データベース」に話が近づきましたなあ。
判例データベースの登場
この判例データベースが発達したのはアメリカです。アメリカは「判例法」の国ですから、平たく言うと法律は作らないで、何か事件が起きるたびに裁判官が「常識」で考えて判決をして、似たような事件が起きたときは、以前の判決に沿って判決を書くという次第です。乱暴すぎですか?いいんです今年はサンバ・・・(略)。
ということは、手持ちの事件でどういう判決が下されるか、下すべきかは過去の判例を捜して見なければならない、てことは判例が探せ出せなきゃ話にならんということで「索引誌」だけでなくてそれをコンピューターで検索したい、そしてネットで接続したいという要請が高かったのでしょうね。アメリカでそのようなサービスを始めた老舗に「レクシス」と「ウェスト」という会社があります。昔レクシスを使ったことがあります。まだインターネット幕開け前で、日本では確か丸善が代理店でした。ダイヤルアップで丸善のアクセスポイントにリンクして、画面はもちろんコマンドライン。もちろん全部英語。外国語が苦手なので一瞬で利用をあきらめましたな、秒殺。だからこれらのサービスについては、私は語る資格なし。詳しくは田島裕先生の著作などをご覧ください。
日本ではどうでしょうか。まず十年ほど前だと、ようやくパソコン通信が普及し始めたころで、個人のパソコンをネットにつなぐってこと自体大事件でしたから、データベース製品はもっぱらCD-ROMで提供されてました。思いつく製品といえば「判例マスター」「リーガルベース」くらいでしょうか。そのころすでに「判例体系CD-ROM」も「LEX/DB」もあったはずですが、それほど使い込んだ経験はありません。
これらの製品は、結局、判タ判時その他の公的判例集の「書誌情報」を集めたものです。つまりは「この判例は判タの○○号○○頁に載ってるので、中身は自分で見てね」というわけです。図書館の検索システムと変わりません。結局図書室の紙のバックナンバーを見なければならないのですから。それでも便利でしたね。それまではいろいろな索引誌をひっくり返したりして、判例検索も体力勝負みたいな趣でしたが、キーワードや裁判年月日で検索してあっという間に判例リストが表示されて、あとはそれをコピーして集めるだけ。らくちんらくちん。
でも人間、どんどん楽したくなるもので。判決の要旨くらいはそのデータベースに収録しておいておくれよ。いやいや、判決文の全文を収録していただきたい。まだまだ、その判決の意義とか類似判例とか、学説評釈情報、その他いろいろ解説なんかも収録してくれくれ。とまあ際限がないわけです。
洋行帰りのメリケン弁護士によると、アメーリカでは係属中の事件の訴訟資料まで全部ネットでみれるんだぜベイビー、とのことです。ほんとかどうか知りません。州にもよるだろうし、裁判所や事件の種類にもよるでしょう。まあ、いずれにしてもさすが判例法の国ってわけですかね、あれ、イギリスではどうなんでしょうかね。
まあ日本の法律考えるのに、海外海外言ってられないですから、次回は話を国内に戻しましょうか。最近充実しつつある、オンラインデータベースの状況と、使用感なんかをぼちぼちエントリーしていきたいですね。
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